羽生結弦の家族構成は親が離婚!?父親の職業は?姉や母の感動応援エピソード

羽生結弦選手の家族はどんな人なのでしょうか?家族構成や父親の職業、実家は?両親が離婚したというウワサは本当なのか?
オリンピック二連覇の偉業を支えた、姉や母親、家族の感動エピソードをまとめてみました。

羽生結弦(はにゅう ゆづる)プロフィール

  • 生年月日:1994年12月7日生まれ(23歳)
  • 血液型:B型
  • 身長:171cm
  • 体重:52kg
  • 出身地:宮城県仙台市泉区
  • 星座:いて座

出身中学・高校・大学は?

仙台で生まれ育った羽生結弦選手。
出身小学校は七北田小学校
出身中学校は七北田中学校です。

出身高校は東北高校
1998年の長野オリンピックで活躍した
田村岳斗、本田武史、荒川静香、荒井万里絵も出身の、
フィギュアスケートが盛んな高校です。

現在は全日本空輸 (ANA)に 所属し、
早稲田大学人間科学部に在学中です。

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羽生結弦の家族構成は?

羽生結弦選手の家族構成は、
父・母・姉の4人です。

スケートを始めたきっかけはお姉さん

実は、羽生結弦選手がスケートを始めたきっかけはお姉さんのさやさんです。

1990年生まれで、
羽生結弦選手より4歳年上のさやさん。

長野オリンピックの影響で、
仙台はフィギュアスケートブーム!
そんな時お姉さんが子供スケート教室に通い始め、
その影響で羽生結弦選手も4歳からスケートを始めました。

2回転半ジャンプの跳び方はお姉さんが
教えたそうですよ。

もしお姉さんがスケートをやっていなかったら、
世界の羽生結弦選手は誕生しなかったかもしれませんね。

そんなお姉さん自身も8歳から18歳まで、
10年間スケートを続けていたようです。

しかし、お金のかかるフィギュアスケート。
兄弟2人が続けていくのは困難な経済事情になった時、

「結弦が辞めるくらいなら私が辞める」

と辞めたのだとか。

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父親の職業は学校の校長先生?

姉弟2人ともフィギュアスケートを習っていたということは、
羽生結弦選手の実家はお金持ち?

そう思いましたが、
実家はごく般的な普通の家庭です。

父親の秀利(ひでとし)さんの職業は、公立学校の教師です。
2015年時点で中学校の教頭だったので、
現在は校長先生になっているかも?

弓弦という名前の由来は、

父親「弓の弦を結ぶように凛とした生き方をして欲しい」

と、お父さんが命名したそうです。

まさに”凛とした生き方”を貫く彼の姿勢は、
育った家庭環境も大きいのではないでしょうか。

学生時代野球をしており、
野球部の顧問を勤めていたこともある秀利さん。
羽生結弦選手が広島カープファンなのはお父さんの影響でしょうね。

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スケート生活を支えた母親

お父さんが公務員なので、
収入は安定しているでしょうが
特別裕福というわけではありません。

羽生結弦「受賞賞金もスケート費用にあてた」

と語るほど。

そんな普通の家庭で、
お金のかかるフィギュアスケートを続けていくのを支えたのが母親の由美(ゆみ)さん。

デパートやクリーニング店のパートを掛け持ちして、
スケートの費用を捻出したそうです。

ジュニア時代、
羽生結弦選手の髪はお母さんが切ってあげていて、
衣装もお母さんの手作りだったことはファンの間では有名なエピソードです。

6年前、
ブライアン・オーサーコーチに師事するため、
羽生結弦選手がカナダに拠点を移した際、
母親も同行しています。

そのことから「マザコン」なんて言われたりもしていますが、
おそらく羽生結弦選手の体調面を気遣ってのことでしょう。

環境の変化により、
持病の喘息の激しい発作に襲われることが増えたと明かしています。

慣れない海外生活で一人暮らしとなれば、
食生活も負担が掛かります。
練習に集中するためにも、
できるだけ生活面のストレスは減らしたいはず。

普通は奥さんが支えるんでしょうが、
羽生結弦選手はまだ結婚していませんし、
お母さんがその役割を担うのは自然なことかと思います。

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両親が離婚ってウワサは本当?

ネット上で両親の離婚のウワサがありますが、
これはおそらくデマです。

両親がテレビに出たり、
メディアに露出することがないので、
そんなウワサが出たのかもしれません。

母親が家族に関する質問はNGと記者に言ったことがあるそうです。

羽生結弦選手に対するマスコミの取材は凄まじいですから、
家族にまで来られたら大変ですよね。

羽生結弦選手がソチ五輪で金メダルを取った際、

父親「家族の協力とかそんなことより、みなさんの応援のおかげで、結弦も今回、金メダルをいただけたのだと思っています。本当にありがとうございます」

とコメントしていたお父さん。

平昌オリンピックは日程が平日だったので、
お父さんは無理だったかもしれませんが、
お母さんは現地で見守っていたのではないかと思います。

羽生結弦選手がオリンピック二連覇という偉業を達成できたのは、
家族の温かい支えがあってこそ。

いい加減なウワサに惑わされないようにしたいですね。

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